「原さんから聞きましたよ。最近谷山さん大学でもててるそうじゃないですか♪」
その核爆弾は、珍しくナルが応接室のソファでお茶を飲んでいる時に、安原の手によって勢いよく落とされた。
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疑いようのない確信犯、にこやかに微笑む越後屋・安原を麻衣は恨みがましい視線で見上げた。 「・・・・・・・安原さん」 「いやいや、谷山さんも隅に置けませんねぇ」 「そんないいものじゃありませんよ。第一大騒ぎしているのは一人だし」 「ああ、やっぱりいることは事実なんですねv」 「・・・・・」 麻衣はそこまで話して、ちらりと、ソファに佇む麗しの恋人を盗み見た。 が、かの人は我関せずの態度のまま、その秀麗な顔に表情を浮かべることなく淡々と手元の資料を眺めていた。 得意の冷風もブリザードも吹いてこない。 ――何もやましいことはないけどさぁ、この話題でその反応って、それはそれで、彼氏としてどうよ? その冷淡な反応に麻衣が心なしがっかりしていると、安原はそれを見越してさらに追求した。 「同級生ですか?その大騒ぎしている人って」 「・・・え、ああ。うん。一人が大騒ぎしちゃったから、何かその人の友達とかと盛り上がっちゃってて、何かちょっと 大事に・・・って、真砂子め、よりにもよって安原さんにチクるなんて」 「心外だなぁ、よりにもよってだなんて、心配しているのに…オサム悲しい」 「・・・・現に、楽しんでいるじゃないですか」 「心配ですよぉ。大丈夫ですか?ストーカーとかなってませんか?最近の若者は怖いですからねぇ」 自分はどうなんですか?と、麻衣は呆れながらも安原のセリフに、ぴくりと肩をゆらし、嫌そうに顔を顰めた。 「言わないで下さい」 「え?本当にストーカー?」 「いや、まだそこまでは行ってないんですけど、一歩手前っていうか・・・・」 しどろもどろと口を篭らせる麻衣に、安原は笑顔一転、顔を曇らせた。 「やばいじゃないですか?!」 「でも、普通の友達だし・・・・・・・大丈夫だよ」 「谷山さん・・・それは真剣に甘いですよ?」 「うん・・・・ちょっとそうかなぁとは思うんだけど」 「ちょっとじゃなくてっ」 ため息をつきながらも、真剣にその眼鏡の奥で何かを思案する安原を見上げ、その対処方法は効果は絶大で しょうがおっかないです・・・と、麻衣は慌てて手を振った。 「大丈夫ですよ。友達が色々ガードしてくれるし」 「万全ではないでしょう」 「そうは言ってもこればっかりは仕方がないじゃないですか」 「それでもです。ちゃんと注意は払ってくださいね。何かあったらすぐ相談して下さいよ?」 「はぁい」 麻衣の気のない返事に、安原は眉をしかめ、それから再度所長の姿を視線で追った。 その無表情の下に人並みはずれた独占欲を潜ませているはずの所長は、それでもまるで何も聞こえていなかった かのように、手元の資料に集中し、ほどなくして資料を読み終えると冷めた紅茶を一息で飲み干し、音もなく所長室 に姿を消した。独占欲対象の恋人に、男がまとわりついているというのに、彼は一切気にならないようだった。 怖いほどの無反応。 ――面白いとは言ってましたが、もしや本当に書類に集中して聞こえていなかった・・・とか? 安原は珍しく自分の切り口が失敗したのかと、少しがっかりしながらデスクに戻った。
できたら―――終業と同時にバイト先まで駆けて行きたかった・・・が、
麻衣は未提出レポートの為に教授に呼び止められ、そうこうしている内にいつもの煩い面々に囲まれていた。 「谷山さん今日もバイト?」 「あああぁぁぁ、うん。そだよ」 「熱心だよねぇ、合コンにもちっとも来ないしさ」 「一回くらい付き合ってよ。そんなに毛嫌いしなくても、意外に楽しいよ?」 「いや、本当にマジ忙しいし」 「つれないなぁ〜自分の値段そこまで上げなくてもいいんじゃねぇの?」 「おいおい、失礼だろ?そんなつもりないよねぇ、谷山さん」 「ほら、谷山さん怯えちゃってるじゃん。可愛そうに…でもそういうトコもかわいいよね」 ケンケンと怖い口調で言い合う男達を背に、麻衣は逃げるように歩みを早めたが、それで振り切れるはずもなく、 結局大集団で周囲の怪訝そうな視線を一身に浴びながら、麻衣は校門を目指した。 ――モテるって、もっとこうさ、心躍るような状況をさすんじゃないの?これって拷問だよ。 麻衣は先日の安原の言葉を思い出し、イライラしながらため息をついた。 最近、麻衣は学校に行けばいつも煩い集団が取り囲まれ、学内で結構孤独になっていた。 初めは一人の男子学生が麻衣をかわいいと公言し始めたことから始まったのだが、その軽口に彼の友人が面白 がって茶化し始めてから事態はどんどんおかしな方向に向いていっていた。 余りに騒がしい面々に、初めは同情的だったクラスの女子も次第に引き始め、今ではすっかり距離をおいている。 全てが本意ではないのに、何もかもがうまくいかない。 ――とにかくこうなったら無視が一番!もう、ヤだ。 いい加減辟易していた麻衣は、言い争う面々を無視して、中庭を突っ切ろうと半ば小走りになった。 振り切れるとは思っていなかったが、少しでも早くその場を立ち去り、男達の視線から離れたかった。 事実、最近の彼らは少々行き過ぎていて、時折恐怖を感じないわけではなかったのだ。 ――これじゃぁ、本当にいつか安原さんの知恵を借りるハメになっちゃう。 唇をかみしめて足早に駆けていくと、その先に麻衣はありえない黒い固まりを見つけ、驚きの余り悲鳴のような 大声を上げた。 「ナル!」 校門の脇には全身黒ずくめの男がひっそりと、涼やかに立っていた。 ただ佇んでいるだけで周囲の視線を独り占めする怜麗な御仁は、目を丸くした恋人を一瞥すると、さらにその背 後に控える男達を興味なさ気に目視し、僅かに目を細めた。 「誰?」 警戒するような、はたまた脅すような周囲の声に麻衣は慌てて「彼氏!」と言い置き、ナルの元に駆け寄った。 後をついてきた男達はその言葉に、胡散臭そうに上から下まで黒づくめの男を見遣り、その上にのっている整い 過ぎた白皙の美貌に、ごくりと息を飲んだ。 それは何と言うか、他者を圧倒する色香をまとった綺麗な顔立ちをした男だった。 「何!何事?どうしたの?どうしてナルが学校の前にいるの?」 その美人は早口で騒ぎ立てる麻衣を見下ろし、億劫そうにうるさいと一言静かに制してから口を開いた。 「事務所で電源トラブル。今日は仕事にならないからバイトに来るなと言いに来た」 「へ?そんなこと?だったら電話くれたらよかったのに」 麻衣のもっともな質問に、美貌の男性は小さくため息をついた。 「繋がらなかったぞ」 「え?嘘」 「電源をしっかり確認するんだな。お陰でとんだタイムロスだ」 麻衣は慌ててバッグを探り、何故か電源の切れていた携帯を見つけ出すと、不機嫌な恋人をおそるおそる見上げ、 首をすくめた。 「・・・・・ごめんなさい」 ありがとね。と、唸る麻衣に、漆黒の美人はその綺麗な顔に表情をのせることなくため息をつき、くしゃりと麻衣の 栗色の髪をすいた。その様は優雅で、どこか現実離れしていた。 麻衣の周囲を取り巻いていた男達は、自分達を完全無視するその美人に反感は持ったものの、その闇を凝縮し たような物騒な瞳を真正面から受ける気概もなく、ただ黙りこくってその様子を伺った。 その彼らが作ったピシリと張り詰めた空気も、漆黒の美人はさも当然と言わんばかりの態度で完璧に無視し、 まるで目の前の恋人だけが生きている人間のように注意を払い、他に興味はないことを隠そうともしなかった。 それは惚れ惚れとするほどの完全なる空気の独占力で、ギャラリーは彼の興味を引けない自分に、何故か いわれのない負い目すら感じた。 その効果を十分に熟知している漆黒の御仁は、たっぷりの間をおいて、低い声をたてた。 「まぁいい。用の次いでだ」 「用?」 「僕はそれをすませてから帰る。麻衣は先に家に帰っていろ」 「あ、そなの?」 会話の不穏さに気が付かない麻衣を見下ろし、ナルは僅かに皮肉な笑みを漏らした。 「遅くならないようにする。起きて待ってろよ」 「なんだよぉ、いつも人が寝てばっかりいるみたいな言い方して!」 「違うのか?」 「違うわい!」 「お前は寝汚いからな」 「うわ、言うに事欠いて、女の子に寝汚いはないでしょう!」 「毎朝のことなのに自覚もないのか?手に負えないな」
いつもと同じ毒舌の応酬と意地の悪い笑みに煙に巻かれ、不自然に電源の落ちていた携帯電話、不自然な 事務所のトラブル、不自然なナルの用事、あえて繰り返される毒舌、ヒントはそこかしこに隠されていたのに、 麻衣は全く気がつかなかった。
さり気に、ナルが周囲に牽制していたこと。
さり気に、同棲生活までバラされたこと。
さり気に、ナルが怒り狂っていたこと。
その完璧なポーカーフェイスは安原対策であったことまで、その壮麗な顔はしっかり隠し切り、秀麗な笑みをたた えてその幕を人知れず閉じた。
麻衣がそれに気がついたのは、その『 偶然の逢瀬 』から、およそ3時間後のことであったのは余談と言えよう。
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言い訳・あとがき 10,000hits chobi様からのキリリク 「麻衣がもてすぎてナルが大嫉妬するお話」 です。 絶対違う。求められたリクエストはこれじゃない・・・と、思ったんです。ええ、自覚あります。 ああ、でも言い訳させて下さい。怒りオーラ全開で淀んだナルはくしくも前作「まず初めに、関係性を問おう」で書いてしまったので、この2番煎じを新しいキリリクとしてご提供するのは、どうしてもどうしても抵抗があったんです… 2006年6月30日
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