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蝉の声すらどこか疲労感を感じる、酷暑。
除霊を終えた翌朝、その影響を確認する為に再度調査現場の河原らに足を運んだSPR一行は、霊媒体質の二人 の少女の感嘆に苦笑した。 「うわぁ、昨日までと全然違うね!別の場所みたい!」 「本当ですわね。こんなに綺麗な場所だとは思いませんでしたわ」 「靄も全部晴れたねぇ」 「河の水の色も違いますわ。あの苔むした色が嘘のようですわね」 「本当!これだったら水入りたいよね。正直、昨日までは足を付けるのもイヤだったもん」 「ええ・・・本当に綺麗な場所ですわね」 霊感のない面々からすれば、その河原の風景は昨日と今日とで何ら変わりはないように見える。 しかし視るものが視ればその差は歴然としているのだろう。 視る目を失った密教層は昨日まで警戒しまくっていた少女らのはしゃぐ様子に眉根を下げた。 「嬢ちゃん達には、ここはそんな風に見えてたわけね。どうりで俺が水浴びすんのをあれだけ必死に止めるわけだ。 おーおー嬉しそうに、いいねぇ涼しげで」 「暑うおましたからねぇ」 「あの二人があんなにはしゃいでいるってことは、もう大丈夫ってことですかね、所長?」 同じように微笑む安原の指摘に、一行を後ろから眺めていたナルはちらりと手元のボードを眺めた。 「データに異常も見られない。撤退して構わないだろう。カメラ、マイク、サーモ、それから結界用護符の回収を・・・」 と、所長が半分ほど指示を出したところで、手伝う気がまったくない綾子が木陰から大声を上げた。 「麻衣――!あんた、水入るのはいいけど足元滑るんだから、気をつけなさいよぉ」 見れば、着物の汚れを気にして早々に引き上げてきた真砂子に反して、麻衣はサンダルのまま七分のジーンズを 太ももまで捲くり上げ、ざぶざぶと河の中に入っていく所だった。 「うわぁぁぁひゃっこい!気持ちいいよぉ!」 のんきに手を振る麻衣を見咎め、ナルは不機嫌そうに怒声を上げた。 「麻衣!まだ仕事が残っている!さっさっと戻れ!!」 「いいじゃんちょっとぐらい!ケチ!」 「ふざけるなっっ」 「わかってるもん。すぐやりますよ〜だ。おお。こっちは流れが早・・・・きゃぁ!」 「麻衣!」
そして案の定、怒声と歓声が交差する中、麻衣は足を滑らせ河の中に落ちた。 結局滝川に引き上げられた麻衣は頭から水をかぶり、所長に烈火のごとく叱られながらも、所長の上着をかぶって 木陰の綾子の隣で身を潜めることになった。
・・・・濡れたTシャツが透けるのだ。
機材回収をリンとジョンに任せ、安原はすぐにバスタオルを取りにベースに取って返した。 しかしそのすぐ後を真砂子が追って来るのに気が付き、安原は歩みを止めた。 「どうされたんですか?」 尋ねると、真砂子は僅かに駆け足で追いつき、ほがらかに笑った。 「暑くて適いませんわ。わたくしは先に戻らせて頂きます。ついでに麻衣に着替えを出しますから、持って行って下 さいな。その方が早いでしょう」
河原からベースに間借りしていた寺までは、徒歩で10分ほどの距離があった。 蝉の声をBGMに二人は緩やかな上り坂を登った。 そして二人が少し小高い丘まで歩みを進めると、谷下の河原からはひときわ楽しげな声と、悲鳴、怒声が響いた。 見下ろせば、懲りずに川に入ろうとした麻衣が、今度は滝川を巻き込んで川に落ち、側で機材の回収をしていた リンが溜まらず悲鳴交じりの怒声を上げ、ナルが怒り狂っている様子が見て取れた。 「あっちゃー。ノリオまで水浸しっぽいですねぇ」 「あちらがリンさんかしら?カメラだけは死守なさったみたいですわね」 安原と真砂子は互いに目を細めて河原の光景を眺め、笑いあった。 「命からがらって感じですねぇ。ブラウンさんが受け取ってくれたみたいですけど」 「ええ・・・でもそれでも松崎さんは出てきませんのね。お歳ですから日焼けがお嫌なんでしょうね」 「あはははは。あ、原さんヤバイ。とうとう所長キレましたよ」 安原が指指すと、そこには恐怖で逃げ惑う麻衣とそれを悠然と追いかける黒い人影が見えた。 「あ〜あ、谷山さんチャレンジャーだなぁ」 「もう・・・・いやですわ、麻衣ったら。ナルの前で怖いもの知らずなんですから」 「ある意味最強ですよね。あの所長に対して」 笑いの止まらない真砂子は、息も絶え絶えに破顔した。 「信じられませんわ。あのナルが必死ですわ」 「谷山さん相手ですからね。あーあ、谷山さん確保。連行されてますね」 「ふふ、本当に連行って感じですわね」 「仮にも彼女でしょうに・・・」 安原がこぼしたセリフに、真砂子は口に手を当て笑った。 「ほほほ、いくらお付き合いなさっていても、ナルが麻衣にだけ優しいなんてありえませんわ。気持ち悪い」 「まぁ・・・確かに。想像しただけで寒気がしました」 「涼しくなって結構ですわね」 真砂子はこらえ切れないようにクスクスと笑いながら、眼下に広がるすっかり綺麗になった河原を眺め、その下で あいも変わらず繰り広げられる光景に目を細めた。 「こんな酷暑も、こんなに笑うことも、本当に信じられませんわ。このまま時間が止まればいいのに!」 とても幸福そうに呟く真砂子に、安原はちろりと視線を投げ、その視線に真砂子は更に笑みを深くした。 「わたくし、自分がこんな風に笑えるって今まで知りませんでしたの。麻衣みたいな友達って本当にいなかったんで すのよ。それはそれで構わないって思っていたのですが、手に入れてみるといいものですわね」 さっぱりと言い切る真砂子に、安原は額の汗をぬぐいながら頷いた。 「奇遇ですね。僕は所長に対してそんなこと思ってましたよ」 「あら?ナルに?」 「ええ。年上の方でしたら、そりゃすばらしい人は多いでしょうが、同世代で、目に見える形で僕よりすごい人って、 実は僕、これまで会ったことなかったんです」 「・・・・・」 ナルシストは見慣れている筈なのに、真砂子があきれると、安原はコロコロと笑った。 「実際にいたらライバル心が燃えて、この僕でもドロドロするのかなぁって、僕自身は期待していたんですが、そうい うことはありませんでしたね。得意ジャンルが全く違うし。ただ張り合いがあって、すっごく楽しいです。こんなの知り ませんでした」 あのナルに対抗意識なんて、と、自分では思いもつかなかった発想に、真砂子は安原の意外な一面を垣間見た 思いで僅かにとまどったが、彼ならばそこまで考えるのかもしれないとすぐに納得した。 安原に男性ならではの競争心があってもおかしくない。 何も優秀なのはナルばかりではなく、彼は彼で十分優秀なのだ。 「それに第一、所長ってとっても“かわいらしい”じゃないですか。相手してると楽しいですよねv」 しかしここで相手を“かわいらしい”と表現して愉しむのが、ナルと越後屋の大きな違いだ。 彼はしぶとく強い。その強さに感じた思いは頼もしいという好意で、真砂子は自覚なく微笑んだ。 「ええ・・・本当にかわいらしいですわね。わたくしも麻衣のそこに負けてしまったのかもしれませんわ」 「じゃぁ、所長と谷山さんは僕達の愛によって成立したカップルなのかもしれませんね」 「そうじゃございませんの?」 真砂子はくすくすと笑いながら頷いた。 「良かったですね」 「ええ、良かったですわ。一安心した気持ちです」 「僕はここのメンバーは皆大好きですよ」 「わたくしも、多分自分でびっくりするくらい好きですわ」 「特に、原さんが大好きですけど」 そして、安原のふいの告白に、真砂子は僅かに驚き、目を見開いたが、すぐに悪戯っぽく笑った。 「奇遇ですわね。私も今、そう思ったところですのよ」 「え?」 「わたくしも安原さんが好きですわ」 突然の返事に、越後屋安原は不覚にも言葉をなくした。 そしてそのまま二人はしばし顔を見合わせた。 沈黙はいつまでも続くかに思われたが、季節は夏。蝉がうるさく鳴き、太陽は焼くように熱く、黙って立っていても 汗がしたたり落ちるほどの暑さだった。 その灼熱の暑さに耐え切れないように、安原と真砂子はどちらからともなく小さく笑い合った。 「良かった。両思いですね!」 安原は満面の笑みを浮かべながら、さりげなく真砂子の左手を握り、先を促した。 「さ、早くお寺に戻りましょ。ノリオはともかく、谷山さんが風邪ひいちゃいます」 そして、顔を真っ赤にしつつも、つながれた手を振り払わない真砂子に、安原は内心で力強くガッツポーズした。
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言い訳・あとがき 12,345hits ちの様からのキリリク 「安原さんと真砂子さん視点のナル麻衣」 ・・・の、はずです(またか…)。 いや、メインは安原、真砂子だ!間違いなく。でもそれでナル麻衣かどうかは、すっごい不明になってしまった! 2006年7月5日
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