空き巣を生業とする男がいた。 年のころ、24。 ほっそりとした、ともすれば貧弱な体型をしている彼は、基本的に小心者だった。 ゆえに一箇所に定住することもなく、大きな額を盗むこともしない。極めてスケールの小さい男だった。 しかしその性分が幸いして、現在のところ彼に逮捕暦はなく、16歳で家を飛び出してから、彼は盗みを働き続け、 そこで手に入れた金で明日も知れない毎日を送っていた。 空き巣稼業は心臓に悪い。 けれど一旦そうやって金を手に入れてしまった彼には、今更真面目に働き、労働によって金銭を得ようとする気 持ちはなかった。一度ついてしまったくすねる癖。それは治りがたい病気に似ていた。
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その日、彼は到着したばかりの田舎町の郊外を散策し、その家を発見した。 なんてことはない普通の一軒家。 彼がその家の前を通りかかった時、その家からは主人と思われる嫌に綺麗な顔をした男性と、まるで少女の ように幼い容姿をした女性、それからスクール用と思われるリュックを背負った子どもが出てくるところだった。 彼らは慌しく車に乗り込み、街の中心部へ向かって走っていった。 ―― 最短で、職場と学校に送って帰ってくるといったところだろうな。 日常的な隙間にこそ、空き巣は入りやすい。たかが数分。その油断が思いもよらないギフトになる。 彼はそう判断すると、後に残された人気のない一軒家を見上げ、何気ない素振で垣根の裏から庭に侵入した。 1分で侵入できれば、10分だけ盗みを働く。 何事もオーバーするなら今日は断念する。 彼は自身で定めたルールに従って庭を巡り、最も手薄になっている窓から侵入を果たし、まずはリビングから 物色を始めた。手際よくめぼしい棚をあさり、小銭をポケットに入れると、彼は二階に登るべく階段を探した。 そして、ちょうど二階から降りてきた子どもと鉢合わせした。
足音も、気配もなく、突如現われた栗色の髪をした小さな子どもの姿に、彼は息を止めた。
寝起きなのだろう、まだパジャマ姿のその小さな子どもは、愛らしく整った白い顔をごしごしとこすりながら、 首を傾げて彼を見上げ、のんきに挨拶をした。 「おはようございます」 鳶色の瞳に射抜かれて、彼が硬直している間に、子どもはそれから不思議なことを言った。 「あれ?おじちゃん、もしかして生きてるの?」 どうやら、まだ寝ぼけているらしい。 ならばこれ幸い。と、彼は慌てて子どもに背を向け、侵入経路の窓を目指した。 泣かれる前に逃げ出してしまえばいい。 そうして逃げ足だけは早い彼が駆け出そうとした瞬間、寝起きの子どもはさらに不思議なことを言った。
「 クリストファー 」
彼は、ふいに呼ばれた名にびくりと肩を揺らした。 16歳で家を飛び出してから、彼をその名で呼ぶ人はいなかった。 そのあまりに懐かしい響きに、彼が思わず振り返ると、小さな子どもは何か思案するように指を顎にあて、何も ない空間を見ながらさらに呟いた。 「クリス、かわいい天使」 「!」 子どもは形のいいやわらかそうな口を開き、探るように言葉を続けた。 「おばあちゃまかなぁ?太っちょで・・・・紫色の髪、金色の眼鏡をかけたおばあちゃんが怒ってるよ」 栗色の髪がさらりと揺れ、白い額に影ができる。それでも子どもは構わずどこか遠くを見据えていた。 「もう大丈夫だから、お家に帰りなさいだって。こんなことをしてはいけません」 ひやり、と、背筋に冷たいものが走った。 「もうあの女はいないから、安心しなさいだって」 舌足らずの口調が告げる気味の悪い告知に、彼、本名・クリストファー・J・アボックは悲鳴を上げてその家を 飛び出した。
ナルをラボに、優人をスクールに送り、急ぎ帰宅した麻衣はドアを開けた瞬間、何とも言えない違和感を感じ、 あわてて一人残した晴人の姿を探した。 外出時、まだベッドの中で眠っていた晴人は既に起きていて、何とか自分で着替えをしようと、子ども部屋の クローゼットを手当たり次第に開け放っていた。 短時間でよくぞここまでと呆れるほど散らかった子ども部屋に足を踏み入れ、麻衣は自身とよく似た小さな息 子に駆け寄った。 「ハル」 「あ、おはよう。ママ」 「もう起きてたのね」 「うん」 にっこりと機嫌よく微笑む息子の姿を見て、麻衣はさっきの胸騒ぎは何だったのだろうと首を傾げながら、ぎゅう っとわが子を抱きしめた。抱きしめる我が子は常と変わらない。が、何かがそのセンシティブと言われる神経に ひっかかった。 「何か変わったことなかった?」 麻衣が抱きしめたまま優しく尋ねると、晴人はくすぐったそうに笑いながら首を振った。
「何も、特別なことはなかったよ、ママ」
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言い訳・あとがき 17,000hits なつ様からのキリリク 「デイヴィス家に泥棒がやってくる」 です。 ステキなリクエストに、泥を塗りつづける管理人です。最近ここに書くべき言い訳も尽きてきました。 2006年7月10日
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