意地の悪い運命 〜後編〜

   

 

 

レストランに着いてからもそわそわと落ち着きのない皆川透に、本日誕生日を迎える彼女、美奈は明らかに

気分を害していた。

せっかくの誕生日。せっかくのクウィーンズ。せっかくのデートなのに、これではあんまりだ。

そして、美奈は発見した。

額に汗して、気もそぞろな彼氏が、何に対してそんなに気にしているのか。

彼の視線の先には、そこだけやけに騒がしく、華やかな集団があったのだ。

子どもを含めると、11人にもなるその集団は、確かに人目を引くほどインパクトがあった。

メンバー全員がそれぞれに大変クオリティの高い顔立ちをしているのだ。特に黒のスーツで身を包んだ男性

2名、着物姿の女性、またその子ども達は下手なモデルなど問題にならないような容姿をしていた。

「透」

「何?」

「さっきから上の空、何よ、そんなに奥のテーブルの人たちが気になるってわけ?」

「え、え、え?」

「確かに美形揃いだけどさ。誕生日の彼女を放って置いて見惚れるほど?そんなに気になるなら席変わる?

透の席だとちょうど真後ろで見えないでしょう」

嫌味を織り交ぜて言い放つと、皆川は口の端を痙攣させながら首を横に振り、美奈の予想とは違う返事を

返した。

「やめてくれ」

「はぁ?」

皆川はしばし言いよどみ、それでも不愉快そうな彼女の視線に負けて、ぼそぼそと弁明した。

「あの中に、中学の同級生の子がいたんだよ」 

美奈はそれだけ聞くと、もう十分だと言うように鼻をならした。

「へぇ・・それはそれはこんな場所で元カノと会うなんて運命的ね」

「ばっっ違うよ!それは全然違うんだけどさ。実は・・・その旦那、俺の会社の超お得意さまなんだよね」

「へぇ」

「で、ものすごっく嫉妬深いんだとさ。だから、できたら奥さんが昔の知り合いと会うのが嫌らしくて、この前の

ロンドン出張の時、それがわかったんだけど、あれ、期間が大幅に短縮されたろ?それ、旦那の機嫌を損ね

ないようにって、イギリス支社の意向だったんだ」 

ぽつぽつと話ながらも、顔を青くしていく皆川を見て、それだけでこんなにも動揺するものだろか。と、美奈は

皆川の肩越しに見える集団を見やった。あの中にその「同級生」はいるはずで、で、あれば、おそらく、派手

な女か、着物の女、もしくは蜂蜜色の髪をした女のいずれかであろう。

「じゃぁあの中にそのお得意様のご主人もいるってわけ?」

くわえて尋ねると、皆川は紙のように白い顔をさらに青ざめさせ頷いた。

「本人も怖くてさぁ、俺もう二度と会いたくなかったんだよね」

しかし、美奈に説明できたことで少しは気が楽になったのか、皆川は僅かに微笑みメインディッシュにナイフを

入れた。

 

 

上に部屋を取ってあるからと急かす皆川に促され、美奈は慌しく食事を終えると、皆川がレジを済ませている

間に、店を出てすぐのトイレに向かい化粧を直した。

何となく気分が悪い。

美奈は不機嫌な気持ちのまま、簡単に化粧を直すと、さっさとトイレを出た。

すると、丁度入れ違いに問題の集団の中にいた、派手な女と蜂蜜色の髪をした女が、互いに笑いあいながら

トイレに入ってきた。

「ちょっと麻衣。あんた食べすぎなんじゃないの?」

「ええ、そんなことないよ。綾子こそねぇ・・・・」

言い合う二人は楽しそうだった。それが、美奈には何だか無性に腹立たしかった。

皆川は旦那が仕事の得意先だとは言ったが、見た感じではみなまだ若い。それほどの重役などいるように

は見えなかった。それにそもそもそんな関係で、皆川があんなにも動揺するものだろうか。そんな話がある

ものなのだろうか。

もしかしなくても、その「同級生」とやらは、皆川の元カノ、もしくは最悪浮気相手だったのかもしれない。

それで自分の彼氏はあんなに怯えていて、自分はこんなに面白くなくて、相手の「同級生」は全然気にも

してないなんて、そんなのはあまりに不公平だ。

レジを済ませ、そのまま同じフロアにあるホテルのカウンターでチェックインを始めた彼氏を横目に確認し、

美奈はそのままトイレの前で彼女らが出てくるのを待った。

 

 

  

「ねぇ」

突然、見知らぬ女に声をかけられて、綾子と麻衣は驚いて立ち止まった。

見れば、白のワンピースの女が腕組みをして自分達を待ち構えていた。

「何かしら?」

既に喧嘩腰の相手に対して、綾子が不愉快そうに返事をすると、女は綾子と麻衣を見比べて、尋ねた。

「どちらか、皆川透って同級生知らない?」

美奈の質問に綾子が大仰に知らないと否定する傍らで、麻衣が驚いたように目を見開いた。

「あ、あたし。私、皆川君って同級生いるよ。え?何で?」

邪気のない顔に覗きこまれ、美奈は多少面食らったが、すぐに体制を立て直して麻衣を眺めた。

――なんだ、大したことないじゃない。

美奈はすぐにそう結論付けると、軽く麻衣を笑った。

癇に障る笑い声に、麻衣が面食らっているうちに、綾子が素早く顔をしかめ、声を上げた。

「何、あんた」

「ううん。別に、何だぁ透がビクビクするから、何かと思ったら、あなただったのね」

「は?」

「さっきまで私達同じレストランいたのよ。そしたら同級生がいるって、彼が気にするもんだから、てっきり

元カノかしらって思ったんだけど、違ったみたいね」

言外に、あなただったら怖くない。彼女にもなれなかったでしょう。と含ませる美奈に、麻衣より先に綾子

が切れた。

「ちょと、何勝手に他人巻き込んでるのよ」

「ホントよね、ゴメンナサイ」

「え?まって、どういうこと??」

「麻衣、あんたは黙ってなさい」

「ああ、あのね透にちょっかい出して、彼を困らせてるのかしらって勘ぐっちゃったの。勘違いだったわね」

「ええ?!」

「そんなわけないものね、ごめんなさい」

誤解である。が、それにしてもかなり失礼なことをにっこりと勝ち誇ったように言われると、さすがの麻衣も

表情を曇らせた。そこで美奈は満足し、麻衣が反論を言う前にさっさと皆川の元に帰って、「元同級生」と

やらに、イケメンの部類に入る彼氏を見せつけようと振り返った。

そして、すぐ後ろに黒衣の男性がいたことに、美奈は始めて気がついた。

振り向いたそこには、何時の間にか漆黒の美人、できすぎた人形のような綺麗な男が立っていた。

漆黒の髪、黒曜石のような瞳、白皙の美貌。

思わず息を呑むその美貌に美奈が固まると、その男性は優雅に近寄り、ちらりと美奈を見下ろした。

自分とか、皆川とか、とにかく世間一般に言われる「美形」が裸足で逃げ出さなくてはならないような、レベ

ルの違う美貌に思わず後じさると、男性はそれがさも当然のようにためらいなく声をかけた。

 

「僕の妻が何か?」

 

酷く、色っぽい、テノールの声だった。

その迫力に、美奈はたちまち耳まで赤くし、言葉にならない声をあげ、逃げるようにその場を去った。

 

 

突如慌てふためき立ち去った美奈の背中を見送り、ナルは不愉快そうに首を傾げた。 

「・・・・なんだ?」

「ふん、いい気味!たまにはあんたの無駄に綺麗な顔も役立つわね」

「?―――麻衣?」

溜飲を下げる綾子の一方で、麻衣は始めむくれていたが、怪訝そうなナルの表情を見ると、機嫌を直し、

その腕に抱きつくように絡みついた。

「何でもない♪ありがとう、パパ」

「・・・・僕はお前の父親ではないぞ」

「ふふ、ありがと!ナル」

言いなおして笑う麻衣に、ナルが僅かに眉を上げた。

 

 

 

 

  

 

チェックインを済ませてすぐ、美奈の動向に気が付いた皆川は、その直感から美奈の暴走を見なかった

ことにしてロビーのソファに腰を下ろし、気がつかれないようにその様子を伺っていた。

そして、博士の登場から美奈の逃走に至る経緯を黙認し、心の底から胸を撫で下ろした。

やっぱり止めにいかなくて良かった。と。

かなり卑怯な行動ではあるが、誰もわが身はかわいい。あんな怖い目、二度と会いたいわけがない。

そもそも暴走した彼女が悪い。自分は忠告したのだ。見捨てても、何も咎められることではないだろう。

皆川はとりあえず生き延びた自分の運命に感謝しつつ、顔を真っ赤にして自分を探す美奈に、今正に

気がついたように手をあげ、動揺しまくっている彼女に余裕の笑みを浮かべた。

 

 

 

しかし、皆川は気が付いていなかった。

 

 

 

問題の博士ご一家が、やはり、同じホテルに部屋を取っている事実を。

 

 

 

  

言い訳・あとがき
 
BBS No.77 はなこi様からのキリリク 「 SPR+イレギュラーズと出会った皆川君 」 です。

皆川透 … 熱い(?)ご要望にお応えして再登場です☆
何かだんだん情けなくなっていく彼に、同情を禁じえませんが、どうしても彼を再登場させるとなると、こんな手法しか思いつきませんでした。。。。まぁいいか、皆川透だし♪と、開き直って書いたのですが、中々・・・博士本体と絡むことができなくて、ちょっと胡散臭い手法(彼女登場)でやってみました。

はなこ様・・・いかがでしょうか?個人的には前作「大人で遊ぶな」より好きです(笑)
よろしければお納め下さい。リクエストありがとうございましたvこれからもよろしくお願い致します。

2006年7月


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