谷山麻衣さん怪我をしました。

 

 

正確には、自宅で熱湯かぶって左足を火傷したようです。

それで一昨日から、彼女は白い包帯を分厚く巻いて、明らかにぶかぶかのサンダルを履いて大学に来ています。

細身の彼女がそうしている姿は、遠目にも痛々しいです。

でも彼女はいつもの笑顔で何でもないことのように振舞っています。

挙句の果てにはバイトまで行っているようです。

そのあまりに元気な様子に周囲の友達はうまいこと騙されて、「おっちょこちょいなんだから」と笑って見ています。

でも、あれは結構しんどいと思うのですよ。

誰が気が付かなくても、僕にはわかります。

 

 

外見はどうにでも繕えるけれど、人間、オーラまでは誤魔化せませんからね。

 

 

甘えて?

  

  

自分、藤原一哉と言います。

どこにでもいる、ちょっと優男風の大学生です。

自分で言うのもなんですが、目立つことこそないけれど、ある程度の事はそつなくこなせる器用なタイプです。

特筆すべきは、少し変わった特技。

人のオーラが見えること。

でもこれは特に言いふらしたりできることではありません。こんなこと言うヤツはモテないタイプと決まってます。

僕はそんな特技は隠れてひっそり恩恵を賜るのがいいと心得ています。

だから、僕のこの特技を知る人はごく限られています。

オーラが見えると、口ではうまく説明できませんが、人の感情とか状態とか、そういうものがよくわかります。

だから僕は他人と心地いい空間を作ることが得意です。

この実は特殊技術に裏打ちされた人当たりのよさで、これまでの人生、友達や彼女に不足を感じたことはありません。

好きになったり、興味を持った人間の懐に入ることは、そういう僕には最も簡単なことだからです。

何事にも器用だということは、美徳の一つだと僕は考えています。

ただ、大学に入ってから一目惚れした素晴らしく綺麗なオーラをした女の子、谷山麻衣さんとはタイミングが合わなくて、未だ恋人にはなれていません。僕が彼女に気が付いた頃には既に、彼女にはものごっつい彼氏がいたのです。

そのへんのお話はまぁ、長くなるので省略しましょう。

まぁ、オーラが見えるごときで人生がうまくいくわけではありませんから、それはそれで仕方がありません。

恋愛にはタイミングというものが欠かせないし、僕もそこまでオーラに人生託す気はさらさない。

それでも器用な僕は彼女の 『 一番仲のいい男友達 』 ポジションはゲットしていますので、何かあればもちろん真っ先に気がついて、彼女をかっさらう下心はいつも忘れないようにしています。

この細やかな気配りこそが、僕のチャームポイントですからね。

そんな時に谷山麻衣さん火傷ですよ。

そしてへっちゃらな顔して歩いているんですよ。

他人に迷惑をかけないように元気に振舞う姿はいじらいですが、僕の目から見たらちょっと面白くありません。

オーラには体調も精神状態も出ます。

あれは明らかに無理をしている色です。

 

 

 

「麻衣」

 

 

校内の廊下で麻衣を見かけた藤原は慌てて後を追い、名前を呼んだ。

麻衣はぎこちない動きで振り返り、藤原の姿を見つけると花が咲いたように微笑んだ。

特に美少女というわけではないが、こうして対面してみると麻衣という少女はその愛らしさを発揮する。

その様子を見るにつけ、藤原は 『 女は愛嬌 』 という古式ゆかしいフレーズを実感する。

麻衣は色素の薄い顔にいつも多彩な表情を浮かべる。

手垢にまみれたような 『天然』 と称される無邪気そうな仕草とは全く別の、その溢れる情感は見ている人間の心を癒す。

それを体現するような色鮮やかな透き通ったオーラ。

藤原はその心洗われるような光景に僅かに目を細め、それでも気難しい顔をして麻衣の前に立った。

「藤原、久しぶり〜」

「火傷したって香奈ちゃんから聞いたけど、痛々しいね」

すかさず足元に視線を落して指摘すると、既に言いなれた口調で麻衣は微笑んだ。

「なんかこの包帯とか大げさだよね。でも見かけほど大したことないんだよ?心配してくれてありがとう」

愛玩動物のような無条件な愛嬌を持つくせに、麻衣は他人に甘えるのが下手だ。

人当たりの良さに騙されてしまいそうになるが、いつもどこかでピンと張り詰めたようなオーラは、彼女の生まれ持っての自立心を如実に顕している。他人の保護を期待しないそれは、大人の人としては立派なものであるに違いはないのだが、彼女を慈しみたいと思う男にとっては、歯がゆいもの以外の何モノでもありはしない。

藤原は大きくため息をつき、明るい蜂蜜色の頭をこずいた。

「俺の前でまで無理しなくていいよ。もっと頼れよな、俺そんなに頼りない?」

藤原の言葉に麻衣は僅かに眉をひそめて首を振った。

「無理なんかしてないよ」

「あのなぁ」

「本当だってば!本当にヘイキなの」

平気じゃないでしょう、麻衣。お前、今ちょっと熱あるはずだよ」

「え?」

本当に驚いたような麻衣を見下ろし、藤原はさらにため息を落とした。

「自覚ない?じゃぁ、今変にハイテンションになってない?ちょっと自分にブレーキが効かないって感じ」

藤原が指摘すると、麻衣はさらに驚きに目を丸くし、ぶんぶんと首を縦に振った。

「それが熱だって言ってんの。我慢し過ぎて麻痺してんだよ、馬鹿」

藤原があきれて言うと、麻衣は首を傾げ、申し訳ないように小さくなって微笑んだ。

「そうなのかな、自分では気が付かなかった」

「麻衣ぃ」

「藤原はよくわかるねぇ。それもオーラに出てくるもんなの?」

藤原にはオーラが見えることを、麻衣はひょんなことから知り得ていた。

それでも特に大仰な反応をしない麻衣に、藤原は心の底から安堵しつつ苦笑した。

「それでも見えるし、麻衣の顔見ればわかる」

「そんなに分かりやすいか・・・」

困ったように眉根を下げる麻衣に、藤原も困ったように眉根を下げた。

――― もう、何か無条件にかわいいよなぁ。

なんでもいいからこのままお持ち帰りしたい。

そして閉じ込めて、こんなかわいい表情は他の誰にも晒したくない。

藤原は身のうちに湧き上がる身勝手な独占欲に苦笑しながら、麻衣を見下ろした。

麻衣に対して自分がそんなことをするわけはなく、それを思うような間柄でもない。

苦しい時に頼ることすらされない 『 お友達 』 である身分が憎い。

しかして、藤原は心のうちで、一度だけ対面した半端なく巨大なオーラを持つ、美形の彼氏を思い描き肩をすくめた。

――― まぁ、あの彼氏だったら、彼氏ポジションでも頼られているかはわからないけどね。

そして気分を変えて麻衣を見つめた。

「とにかく今日の授業はこれで終わりだろ?送って行ってやるよ」

しかして、麻衣はひどく遠慮がちに首を振り、恥ずかしそうにその申し出を断った。

「お迎えが来るから大丈夫だよ」

 

 

 

 

 

 

具体的に言うと、谷山麻衣さんのオーラの基本は慈愛の色をしている。

そこに純真、素直、責任感、自立精神。そんなイメージの色が折り重なって綺麗なアーチを描いている。

谷山麻衣さんは僕の絶え間ない努力によって、僕には気を許しているので、僕の前ではそのオーラは他の男友達よりぐっとやわらかさを増す。それはそれで十分嬉しいことではあるのだけれど、それでもどれだけじゃれていても、そこから彼女独自のぴんと張り詰めたラインが消えることはない。

それは特に嫌な感じがするものではない。

社会生活を送る上では誰しもがもつセルフラインだ。

それが谷山麻衣さんの場合は、ちょっと強固ということだけなんだけど、あわよくば、と、思ってしまう男の子の藤原君としては、ちょっとつまんなかったりする。

 

――― もうちょっと甘えて欲しい。

 

頑なに一人になろうとする麻衣に不信感を持って、藤原は廊下で別れた後、一人こっそりと麻衣の後を追いながらそう思った。

また無理をして、火傷の傷が悪化してはあまりにかわいそうだ。

麻衣はそんな藤原の存在には全く気が付かず、普段は学生がめったに来ない学校の北校舎の外れに向かい、北通用口まで、細い螺旋階段を降りて行った。

しかしやはり身体がしんどいらしく、後数段と言うところで麻衣は疲れたように立ち止まった。

それみたことかと、藤原は苦笑しつつ麻衣の下へ歩み寄り、口を開いた。

 

「ま・・・」

「麻衣」

 

藤原が声をかけようとしたのと同時に、逆方向から大きくはないのに通りのいい低い声がした。

声のした方に視線を転じると、そこには全身黒尽くめの男が優雅に歩み寄る姿が見えた。

明らかに常人とは異なる頭身バランスをしたその姿に、藤原は思わず壁の背後に身を隠した。

その瞬間。

ぶわぁっと暖かい春風のようなオーラが藤原の背中を押した。

春の嵐のようなその圧力に驚いて藤原が振り返ると、そこには先ほどとは一変した、甘えまじりのオーラを纏った麻衣がいた。

 

 

「ナルぅぅぅ。足痛いよぉぉ」

 

 

人の目がないことで、麻衣のセルフラインはぷちんと弾け飛んだようだった。

餌を欲しがる雛のようにさえずる麻衣に、全身黒ずくめの恋人は大仰にため息をつき、心底面倒そうにしながらも、階段途中で立ち止まる麻衣の側まで歩み寄り、ためらいなく腕を伸ばす麻衣に自身の腕を伸ばして、ひょいと麻衣を抱き上げた。

そしてその瞬間に軽く唇に触れるだけのキスをして、恋人は美しい顔の眉間に皺を寄せた。

 

「熱がある」

「あ、そうみたい」

 

恋人はそこでさらに深いため息を落とした。

 

「マンションに送る」

「え?でも、だってナルは仕事でしょう?」

「僕は事務所に戻る。麻衣は休め」

「だったら私も事務所行くよ!」

「邪魔」

「ちょっっそれ、酷くない?」

 

明るい笑顔は確かに先ほどの麻衣と同様のものなのだが、そこには藤原には見せたことのない依存する余裕があった。

――― なに、ちゃんと彼氏の前ではあんな顔するんじゃん。

さらに口喧嘩に発展していく2人を尻目に、藤原はげんなりと肩を落した。

信頼し切った甘えた笑顔。

自分の前であんな顔をさせてみたい。

けれど今現在、そのお役目はあの常人離れした気高いオーラを持った彼氏だけのものなのだろう。

今日の時点ではそれに太刀打ちできるものはない。

突き刺すような胸の痛みに、藤原は眉間に皺を寄せて瞼を閉じた。

それから深呼吸を一つして、藤原は小さく呟いた。

  

 

「でも、あの彼氏。魅せられるけど、付き合うには疲れると思うんだよね」

 

 

そうして藤原は背後の男にむかって見えない舌を出した。

でも、あくまでそれは今現在の話。

将来、未来、もっと言えば明日そうとは限らない。

可能性はどこにでも転がっている。
 
 

言い訳・あとがき

77,777番カケル様からのキリリク 『藤原(不機嫌な悪魔のオリキャラ)が出てくる話』 です。

すっごいお待たせしてしまって、本当に申し訳ありませんでした><ようやくお届けいたします。カケル様!

しかも、途中で「麻衣を抱き上げてちゅぅするナル」っていいなぁ、それでもいいですか?とか言っておきながら、書いてみたらそのシーンは自分でもびっくりするくらいあっさりしたものになってしまって、予想外に藤原がしぶとい奴になってしまった・・・

自分が書くものすら満足に制御できないあこはそろそろ駄目なんだと思います。

そんなでもよろしければ、是非お納めくださいましv もちろん返品可能ですがね。

  
 

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