「逃げよう」

 

 

と、麻衣が言う。

 

   

    

   

   

   

秘密の夜 夜の秘密
 

   

  

    

    

 

僕が保有するサイ能力の一つ、サイコメトリ。

物質を通して、そのものにまつわる過去・現在・未来の記憶を読み取るこの能力は、時として僕に多大なる負荷を与える。

捕らえる情報が、罪のない風景であればいい。

しかし、有事の際に必要とされるその情報の大よそは劣悪なものの方が多く、そのインパクトに僕の精神はしばしば蝕まれる。

人間の尊厳を損なう暴力、理不尽な出来事。

ある者は慟哭し、またある者は憎しみを持ってしてそこに念を残していく。

それは他人の感情だと割り切っても、その負の感情は、グリーンハレーションを起こす死のインパクトとあいまって、その重苦しい存在だけで僕の精神を蝕んでいく。 

  

 

 

 

その日も、正視に耐えない情報を見て、僕は正直気がめいっていた。

 

 

 

 

 

精神は確かに疲弊していた。

けれど、その醜悪の影響を受けたまま安眠できるとは到底思えなかったし、そんなつまらない情報のために、下手な禍根を残したくなくて、僕はシャワーを浴びるとすぐ書斎に向かった。

静かな空間の中で情報を分析し、自分と切り分ける作業がしたかった。

自らの精神を切り刻んでいく、ともすれば自虐的な行為ではあったが、そうでもしなければ落ち着つくことはできない。落ち着きのない、不安定な精神バランスはさらに精神を疲弊させる。

それなのに、僕の後からバスルームから出てきた麻衣は、タオルを巻いただけの格好で僕の手を引き、細い声で言った。

 

「 ナル。今晩はこれ以上酷いものは何も見ないように・・・・・このまま一緒に寝よう 」

 

そう言うと、麻衣は誘うような上目使いで僕を見上げ、背伸びをして、僕の鎖骨に唇を押し付けた。

それが差す意味を知らないわけではなかったが、いかんせん間が悪過ぎる。

僕は麻衣の行動に嫌悪感を感じて眉を顰めた。

僕が今日サイコメトリした情報を麻衣は知っていた。

それでなお、そんな下世話なことで誤魔化そうとする麻衣を、僕は嘲った。

 

  

「セックスでもして、現実逃避しろと?」

 

 

僕の嘲笑も麻衣はまるで意に介さないという姿勢を崩さずに頷くと、鎖骨に押し付けた唇から舌を出し、そのままシャツを羽織っただけの胸部に這わせた。

「蛮行だな。逃避は何も解決しない」

貶しても、麻衣は悪びれることもなく笑うと、ふっと唇を離し、全身を押し付けるように抱きついて、背中に細い腕を回した。

「疲れている夜に色んなこと考えたって、いい考えなんて浮かばないよ。だったら逃げちゃおうよ」

乱暴で自堕落な言葉に、すっと、頭が冷たくなった。

  

 

「僕は大変理性的な人間でね」

 

 

怒りで生まれたその冷たさに、顕著になった僕の無表情はきっと恐ろしいくらいに冴えただろう。

 

 

 

「僕の理性はそんな逃亡を認めない」

 

 

 

発した声は自覚できるほど冷ややかで、それは例え麻衣であっても恐怖を感じるレベルには鋭いはずだった。

けれど、麻衣は揺らぎほども怯えることなく、真っ直ぐに僕の顔を見返した。

真摯なまでにその鳶色の瞳は曇りなく瞬いていて、誘惑のはずの媚びた言葉は、まるで哲学を語るように硬く響いた。

  

 

「そんなもの、わたしが許してあげるよ」

 

 

「麻衣が?」

「今晩は私が慰めて欲しくて、ナルを誘惑しているの。ナルはそれに付き合ってくれただけ。それなら仕方がないんじゃない?」

 

 

くすりと漏れた笑みには、僅かに優越感と照れが混じっていた。

そのアンバランスさに、僕はため息をつき、険しくなっていたであろう水面下の感情を僅かに軟化させた。

  

 

「お前は僕を堕落させる気か?」

 

 

軽口に落ちた僕の口調に、麻衣は嬉しそうに微笑むと、今度は力を込めて抱きついて、甘えた声で拗ねてみせた。

「恋人と仲良くすることが堕落になるの?」

「ここで情欲に溺れるのは堕落以外の何物でもないだろう。後世の超自然科学者に恨まれるぞ」

「一晩くらい平気でしょう?」   

「大きな損害だ」

「ケチくさいなぁ」

麻衣の両手が首に回され、かけられた身体の重みで僕は前屈みになった。そこに口を寄せて、麻衣は囁くように言った。

   

 

 

 

 

 

 

「 ベッドに行こう 」

 

 

 

 

 

 

 

耳元で甘く囁く声は、誰にも聞かせたくないような色をつけていた。  

そして、麻衣は妖艶なまでに艶やかに、そして実に可憐に微笑んでいた。 

    

 

 

  

逃避は何も生み出さない。

ましてや情欲なんて愚の骨頂だ。

 

 

 

 

けれど、次のキスは蠱惑的なまでに熱く、誘う声は痛いほどに甘く、抗いがたい行為は、僕を深い眠りへと誘った。

まるで無に還るような、深い眠り。

そこには理論も法則も、制御も分析も存在しない。 

それなのに、その眠りは滑稽なまでに簡単に僕を癒した。 

 

  

 

 

言い訳・あとがき

88,888番s atomi様からのキリリク 『 ナル麻衣でエロラブ 』 です。

たくさんのキリリクを頂戴し、その中ではどれでもいいです☆ という心優しいお気遣いまでして下さったのに・・・
10月29日のキリリクをこんな時期に更新したのは、全て管理人の不徳の致すところです (;*;)
本当にゴメンナサイ>< お詫びしても仕切れません。そして仕上がったのがコレって・・・・
ちょっと迷走期間に突入してしまって、ぐだぐだと色々書いたりボツにしたりして、結局は何だかよく分かんないものになってしまいました。
不機嫌な悪魔的 ラブ です。もちろん返品可ですので、いつでも引き取ります。が、お納めくださると嬉しいです。
キリリクありがとうございました!遅くなって本当にすみませんでした;;;;;;