時刻は既に21時を回っていた。

屋敷の外にはパトカーが一台停まっており、それを取り囲むように幾人かの大人達が屋敷の中をうかがっていた。そこに行方不明になっていた子供達が顔を出すと、周囲は一様にほっとしたような息を吐き、一気にざわめいた。

 

「優人!」

 

その中を縫うようにして高く幼い声が響いた。そうかと思うと小さな子供が飛び出し、その子は子供を抱いた漆黒の美人のもとに駆け寄った。

 

 

 

       

 

 

 

鳴く声

  

   

晴人は悲鳴のような甲高い声を上げ、ナルに抱かれ既に意識のない優人を詰った。

「優人!!!何でこんな状態になってるの? ダメだよ、いくら優人でもこんなスポットに長時間いたら、気力なくなっちゃうに決まっているじゃない!!」

「晴人、わめくな。聞こえていない」

後を追うようにして付いてきた麻衣は騒ぎ立てる晴人を嗜めながら、不安そうな顔をナルに向けた。

そこにはいく筋かの涙の後が残っていて、その様子にナルはあからさまに顔を顰め、苦笑した。

「どういうこと、ナル?」

「気を失っている」

「まさか・・・・憑依?」

さっと顔色を失くした麻衣の脇で、晴人は懸命に首を横に振った。

「違うよママ。オーバーヒートだ」

「オーバーヒート?」

「優人が何か見るわけないもん。はねのけようとしたんだろうけど、それでダメになっちゃったんだよ」

「どういうこと?」

困惑顔で晴人を見下ろす麻衣に、ナルは淡々と事態をまとめた。

「無自覚に気力を使い果たした・・・・・という所だろう」

「!」

「捻挫もしているしな」

顔色一つ変えることなくやっかいな内容を言うナルに、それまで愁傷な態度だった麻衣は切れた。

「何、平然としているのよ!?それなら早く病院に連れて行かないと!!」

「分かっている」

「だったら少しは急げ!!!!」

「麻衣が邪魔をしているんだ。そう思うなら前をあけろ」

「!!!!!」

「ママ!今はケンカしちゃダメ!」

  

その一家の不思議な会話は他の喧騒に紛れ、問題視されることはなかった。

ただ一人、優人を注視していた山崎以外は。

     

     

 

 

 

 

防犯用に持ち物に取り付けられたGPSが役立って、悪戯でもぐりこんだ廃屋から脱出できなくなった子供が無事見つかった。 " 表向き " そう伝わったこの小学生失踪未遂事件は、翌朝には同小学校内に広く噂されるようになった。 

当事者の優人と山崎は、翌日早々に校長からの呼び出しを受け二時間たっぷり説教された後、一ヶ月間終業からすぐ自宅へ帰ることを厳命され、担任からは通常の倍の宿題を出されることとなった。

その一方で、逃げ出した同級生もいる中で、噂された泣き声が猫のものだったと明らかにした2人は、子供たちの中で勇者として祭り上げられた。 

そうして、当事者の2人は事件以降何かと一緒にいることが増え、昼休みには図書館に通い、与えられた宿題を一緒にこなすようになった。

 

 

「つまり、あそこって本物の幽霊屋敷だったってこと?」

 

 

その図書館で聞いた新情報に山崎は目をまん丸に見開いて悲鳴を上げた。

その相変わらずオーバーリアクションに優人は疲れを感じつつも、律儀に頷いた。 

 

「晴人の霊視結果では、そうみたいだな」

「だってあの時谷山、大丈夫だって言ってたじゃん」

「向こうが僕より弱かったんだ」

優人はそう言いながら、シャープペンシルの背を細い指でとんとんと軽く叩いた。

「短時間なら良かったんだろうけど、それが夜間までの長時間になったから、さすがに負担になったんだろうって。普通は捻挫ごときで発熱して気を失うようなことにはならない。と、言っても予測の範囲を出ない推論だけどな」

「そうなの?」

「本人に霊感がないんだ。実証することなんかできるわけないだろう」

優人は恥じ入る様子も見せずにそう言いのけると、視線を教科書に落とした。

長い睫が白い肌に影を落とす。

その様子に見入りながら、山崎は今の会話で気がついたように顔を上げ、テーブルの下に押し込まれた優人の足元を覗き込んだ。

「足の方はもう大丈夫なのか?」

「もう治った」

「でもさ、熱出てるならその場で言えば良かったのに・・・俺足のことしか知らなくて・・・」

未だこの話題になるとイチイチ落ち込む山崎を一瞥し、優人は面倒そうにため息をついた。

「言ったところで何か事態が変わったのか?無駄なことはしない主義なんだ」

「あ・・・・そう」

山崎は一瞬しゅんとなったが、直ぐに思考を変えたようで、ついっと優人の腕をつついた。そして怪訝そうに顔を上げた優人の耳元に顔を近づけ、小声で問いかけた。

「でもさ、それって実はヤバかったってことじゃないの?」

その質問に優人は小首を傾げ、普段と変わらぬ口調で肯定した。

「ん〜、多分そうだろうな。あの後ぼーさん呼んでお祓いとかしてたし」

「お前・・・・それ分かんなかったのかよ」

「仕方ないだろう。ま、でもその辺のことは黙っていろよ」

「え?何で??」

「面白がってまたあそこに行きたがるのが増える」

「え〜〜」

「それよりこの漢字なんて読むんだ?」

「ん?ああ、議会(ぎかい)」

「ふぅん」

「てさぁ、漢字よりもさぁぁ、何で言っちゃだめなんだよ?」

次第に声のボリュームが上がる山崎に、優人は不機嫌そうに顔を顰め、窘めるように語調を強めた。

「ダメに決まっているだろう」

「何で? みんな面白がるぜ」

「山崎・・・・・お前は本当に耳悪いな。それとも頭が悪いのか?」

「だってぇぇ」

「それにそんなこと言っても半分も信じてはもらえないだろう。逆に危ないヤツだと評判落とすだけだ。オカルトマニアの暗いヤツだと思われてもいいなら、勝手にしろよ。ただし、僕や晴人を巻き込むな。迷惑だ」 

ざっくりと言い切る優人に、山崎は面白くなさそうに唇を尖らせた。

「そりゃそうだけど、何かもったいないじゃん。もう少し盛り上がろうぜ?」

「・・・・」

「せっかく誤解も解けて友達になったんだしさ、クラスの皆だってもう無視とかしなくなったじゃん」

「・・・・」

「なぁ、そうしたら今度は別の幽霊出そうな場所行こうぜ!ああ、それがいい!な?」

一気に気色ばんだ山崎を優人はうんざりと見下し、大仰にため息を付いた。

「・・・・・・やだよ」

「何で?谷山には怖いものないじゃん。おっかないこと起きないわけだし」

「お前は本当にバカだな」

「へ?」

きょとんとする山崎に優人は冷笑した。  

「幽霊がでない幽霊屋敷なんてただの屋敷だろう。何の意味もないじゃないか」

「あ・・・・・」 

「それに僕は今回の騒ぎでかなり評価落としたからな。お前たちのせいで」

「・・・・・」

「もうしばらくは大人しくしているって決めたんだ」

「谷山ぁぁ」

揉める2人の間を、さらりと幼い声が遮った。  

 

 

「それがいいんじゃない?」

 

  

その声に山崎が驚いて振り返ると、そこには大きな児童書を抱え朗らかに微笑む晴人が立っていた。

「こんにちは」

「あ・・・あぁ、こんにちは」

山崎がぎこちなく挨拶を返すうちに、先ほどまでの不機嫌そうな顔が一転、柔らかな笑顔に代わった優人は側にやってきた晴人の頭を撫でながら、穏やかな口調で問いかけた。 

「何してるんだ?」

「この本借りに来たの」

「読めるのか?」

「日本語はまだ読めないけど、絵がいっぱいのもあるからヘイキだよ」

晴人はそう言うとくすくす笑いながら山崎を見上げ、愛らしく小首を傾げた。

「またどこかに行こうってお話?」

「う・・・・」

「でも、怒らせると怖い人がいるから、優人はしばくら大人しくしないといけないんだよ?」

その言葉に山崎は合点がいったというように頷いた。

「あのお父さんか。すっっげぇカッコよかったけど、怖そうだったもんなぁ」

しかし晴人はきょとんと目を見開き、パパも怖いけど・・・と視線を優人の方に向けた。

「優人が怖いのはママだよね?」

山崎は騒動の後謝罪に来た小柄な優人の母親の姿を思い浮かべ、首を傾げた。

「お母さんが?そんな怖そうな人に見えなかったけど?」

「怒ると怖いんだよぉ」

キャラキャラと明るく笑う晴人に、優人は苦虫噛み潰したようなしかめっ面をした。

「そうは見えなかったけどなぁ」

「それにね、優人はパパは平気だけど、ママには逆らえないんだ」

「へぇぇ」

おしゃべりが過ぎる晴人の口を押さえつけながら、優人は面白そうに自分を見つめる山崎を見返し、嫌そうにため息をつくと、ぷいと横を向いて呟いた。

 

 

 

「泣かれると、弱いんだ」

 

  

 

吐き捨てるようにそう言った横顔は心なし赤く染まっていた。

どんなことがあっても冷静沈着、倣岸不遜な態度を崩そうとはしなかった優人の初めて見せる明らかに動揺した表情に、山崎は目を丸くした。直後に、山崎は氷柱のように冷え切った視線で貫かれるのだが、それでも山崎はこみ上げる笑いを止めることができずに噴出した。

 

 

 

 

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素敵サイトマスター様・ピスちゃん

あの日繰り広げた密談の中、取り交わした密約 「色々頑張ってる優人・10才」 を捧げます。

予想よりも随分長くなって、オチも微妙なんですが、お楽しみ頂ければ幸いですv

あこ