「後の2人・・・・野村と川田の家と山崎の家、親同士で連絡取ったりしてる?」
突如、訳の分からないことを言い出した優人に、山崎は不信に思って口を噤んだ。しかしどれだけ頑なにそうしていても一向に折れそうにない相手に、山崎は半ば投げやりになって答えた。 「川田の家はわかんないと思うけど、野村のトコだったら家電くらいしってると思う」 「それじゃぁ大丈夫だろう」 「何が?」 ケンカをけしかけるような山崎の口調に、優人は淡々と答えた。 「もう少しで日没だ。夜になっても山崎が帰らなかったら少なくとも山崎の家族は心配して友達の家に電話をかける。その中に野村が含まれていたら、野村からここに行ったことを聞き出す」 「あ・・・・」 「そうしたら一応見に来るだろう。 雨も止んだみたいだし」 その予想に山崎の顔はぱっと明るくなったが、直ぐにその色は青く変色した。 「でも、ダメだよ。あいつ・・・・今日の夜は塾だから、8時までは連絡が取れないはずだ」 山崎のその言葉に優人は一拍の沈黙をおいたが、それでも色のない冷静な声で答えた。 「日本の小学生は勤勉だな。でもその後でも別に問題はない。最悪明日の学校が始まるくらいにはここの情報が出回る。そしたら助けが来るだろう」 「明日って?! ここで一晩過ごすのかよ?!」 「一晩くらい食べなくても死にはしない」 どこまでも見当外れな優人に山崎は噛み付くように大声を上げた。
「そういう問題じゃない!!!」
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鳴く声 |
イライラと爪を噛む山崎を尻目に、優人はため息をついた。 ここにいる猫が実証するように、きっと自分の周囲に幽霊がいることはない。 いつものように、今回も晴人の見解は正しく、両親が常々心配するような霊障は発生しないだろう。 その点では優人は例え真の闇が真近に迫っていようとも、これに恐怖心を抱くことはなかった。 ただ、別の心配が優人の脳裏には先ほどから絶えず浮かんでは消えていた。 山崎に言ったとおりに遅くとも明日には発見されるだろう。しかしそれでは明らかに遅いのだ。 心配性の母親。 あれが黙って一晩優人を放り出しておくはずがない。 ―――― 泣いていたらどうしよう・・・・ それを思うだけで優人は胸が苦しくなり、意識が明後日に行こうとする。 けれど、じくじくと熱を持って痛み始めた右足が、優人の意識を現実に戻した。 右足は予想以上に酷くひねったらしく、動かせば激痛が走り、背中を嫌な汗が流れた。 あわせて心なしか息も苦しくなって、頬も熱を持ったように火照っている。 ――― 捻挫で発熱はしないと思うんだけどなぁ。 優人は自身の異変に首を傾げてはいたが、それをあえて側にいる山崎に言うようなことはなかった。 ここで苦しいと訴えた所で、情緒不安定な山崎を悪戯に追い詰めるだけで何の解決にもならない。 ――― 少し、ナーバスになっているだけだろう。 優人はそう結論付けるときゅっと口を固く結んだ。 世界で最も大切な母親と弟を守ると決めた日から、泣いて狼狽することを優人は自分に禁じていた。それを覆すことは高いプライドが許さない。 強固な理性を持てして、教室となんら変わる様子を見せない優人を横目に、山崎はぼそりと呟いた。 「なんで落ち着いていられるんだよ・・・」 その声に優人が僅かに首を傾げると、山崎は忌々しそうに文句を続けた。 「こんな場所に閉じ込められているってのにさ、お前ぜんぜん態度が変わらないんだな」 その文句に優人は薄っすらと微笑み首を振った。 「慌てて脱出できるなら慌てている」 山崎はため息をつくと、暗くてよくは見えなくなっていたが、優人の顔を正面から見据えた。 「谷山は怖いものなしって感じだよな」 「・・・・」 「幽霊も・・・・・クラスでハブにされるのも」 「ハブ?」 「仲間はずれ。無視されてるってこと。つまり今のお前の状態だよ」 山崎の指摘に、優人は不本意そうに口を尖らせた。 「その主犯が何を言ってる」 「そうだけど・・・・・・元はといえば谷山があんな酷いこと言うからだろ」 痛いところを突かれ優人は眉間に皺を寄せ、大きくため息をついた。 「まぁ・・・・あれは言い過ぎたと反省している」 「そうだよ」 「だから2ヶ月間、文句も言わずに黙ってた」 「ふ・・・ん」 「だが、だからと言って別に無視されて平気なわけじゃない」 「・・・・」 「一方的に悪かったとは思えないから、下手に出たくなかっただけだ。現に晴人はバカにされたわけだしな」 優人の言い分に山崎はふっと思い出したように眉根を下げた。 「・・・・そう言えばそんなこと言ってたな。でも、相手は1年だろ?」 「いじめに年の差は関係ない」 「・・・・」 「同じことだよ」 優人はそう言うと両手を床に付き、少しだけ全身を前屈みに折った。
「こんな容姿だから、イギリスではアジア人ってだけで結構差別を受ける」
そして膝に乗せた額が、思いの他熱いことに優人は顔を顰めながらも、その表情を隠すように俯いて続けた。 「で、日本では価値観が違う余所者だって浮きやすい」 「・・・・・」 「親の仕事の都合で転校はけっこうある。そこでイチイチ注目されて、知らないコミュニティに一から入りなおすのはやっぱり難しい。まぁうまくやればいいだけの話だけど、今回みたいに失敗することだってある。自分がうまくやれなかったこともあるし、周囲が予想以上に下らない価値観に縛られていて、最初っから無理だったってこともある。理不尽だとは思うけど、それが現実だ。今回は晴人が一緒だったからな。それが心配で好戦的になっていた」 「弟のこと?」 「そ」 優人はそう言うと少し笑った。 「晴人はまだどの国でも余所者に人は好奇心が強くて、敵意を持ちやすいってことを知らない」 「・・・・・」 「晴人はあれで結構図太いから、一人でも勝手にやれるって分かっているんだけどな」 その静かな語調に促されるようにして、山崎はぼそりと呟いた。 「偏っているけど・・・・・つまり谷山は弟を守るお兄ちゃん意識だったってこと?」 その呟きに、優人はひっそりと笑った。 「まぁ・・・そうなりたいとは思ってるよ。僕は晴人のナイトだから」 「ナイトぉ?」 「できることは少ししかないけど、目の前にいる人間くらい守りたいんだよ」
だから、ナイト。
はっきりとそう言い切った優人を山崎はねめつけ、それは強がりなんじゃないかと疑った。 それに言っていることも筋が通っているようで、むかつくほど自分勝手だ。 少なくともここ2ヶ月の意地の張りようと、初日に聞いた地が出た口の悪さは酷かった。 けれどそれも2ヶ月無視されても、こうして幽霊屋敷に閉じ込められても揺るごうとはしないまでに頑丈であれば、それはそれですごいと言える。 山崎はしばし悩んでからようやくぼそりと、口を開いた。
「何か、誤解があったみたいだ」 「・・・・・」 「色々・・・・悪かったな」 「・・・・何が?」 「だから、ムカつくけど、ちょっとはこっちも悪かったって」 「・・・・・」 「ごめん」 「・・・・・」 「でも、お前も悪いんだぞ?口悪いし、何か偉そうだし」
ぴしり、と、指差しで非難する山崎に、優人は面白くなさそうに顔を顰めた。
「否定はしないが、何でそこで逆ギレするのかが理解できない」 「だ〜か〜ら〜、そういう態度が悪いってんだよ!?」 「別に山崎に好かれたくはないけど」 「好きとか嫌いとかの話じゃねぇ!!!」
暗闇の中で、ぼそぼそと繰り返される子供たちの会話は、幽霊屋敷に似合いの不気味さを兼ね備えていた。しかし本人たちはその怖さに気がつくことなく、夜がすっかり辺りを覆うまで話続けた。
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