郊外にある" 幽霊屋敷 " は、学校より存外に遠く、4人がそこに到着した時点で日はかなり傾き、夕闇がすぐそこまで迫っていた。
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鳴く声 |
狭い間口から侵入者を防ぐ南京錠は幾度もこじ開けられた後なのだろう、既にその目的を果たせず、ただぶら下がっている状態だった。 4人は労せずその南京錠を取り外すと雑草生い茂る庭を抜け、埃だらけの屋内に足を踏み入れた。
「うわぁ、すっげ汚いなぁ」 「埃だらけ・・・・あ、ちょっとこすれると服白くなる」 「これって土足でいいよな?」 「これだけ汚れてんだから大丈夫だろう?」
"幽霊屋敷"と呼ばれるそこは古い日本家屋で、狭い廊下に腐った畳が敷き詰められた部屋が連なる平屋建てだった。その中を3人は軽口を叩きながら、優人は無言で進み、幾間も連なる部屋を順番に見て歩き、突き当りの土間になっている台所にまで辿りついた。 しん・・・と静まり返るそこは全体的に湿気っぽく、澱んだ空気がこもっていた。 「なんだ・・・・これだけ?」 「みたいだなぁ。何かあっけなさ過ぎる」 「思ったより面白くなかったな」 3人はそれぞれに不平を言い、そこらに転がっていたガラクタを蹴ったが、その音も沈み込んだ空気を振るわせることはなく、すとんと地に落ちた。 不気味といえば不気味。 神経質になっているといえば神経質になっているだけ。 そんな空気に3人は居心地の悪さを感じ、きょろきょろと周囲をうかがった。そして山崎が曇って薄汚れた小さなガラス窓に近付き、それに気がつき、声を上げた。 「やっべぇ・・・雨降ってきた」 「マジ?」 「傘持ってきてないよ」 「俺もだよ。 なぁ、もう一通り見ちゃったし、もう帰ろうぜ」 「あ・・・そうだよな」 「うん、何もなかったし・・・ね」 言うが早いか3人はまるでけん制し合うように早足で台所を飛び出し、長い廊下を先に進んだ。が、そうして4人が玄関先に着いた時既に雨はどしゃ降りとなっており、遠く雷鳴すら鳴っていた。
「うっそだろう・・・」
呆然と空を見上げる3人を横目に、優人はため息を付くとさっさと屋敷の奥に引き返した。 「谷山?!」 「お前・・・一人で勝手に動くなよ!」 明らかに狼狽し始めた3人に、優人は肩をすくめた。 「当分止みそうにもない。少し雨宿りして雨が弱まるのを待った方がいいだろう?日没まで待ってみて、ダメなら濡れるの覚悟で走って帰る」 「・・・・・」 「・・・・でも・・・・」 「なぁ?」 「ちょっと行けば住宅地がある。別に遭難する心配はない」 優人はそう言いおくと屋敷の奥に向かい、残された3人は顔を見合わせた。 その時。 屋敷の暗闇の奥、台所付近から突如不思議な声が響いた。
「なぁぁぁん」
その声に優人は足を止め、後ろの3人はびくりと肩を震わせた。
「う・・・」 「わぁぁぁぁあああ!」
そして次の瞬間。 玄関の側にいた2人は盛大な悲鳴を上げ、大粒の雨が容赦なく叩きつける豪雨の屋外になりふり構わず飛び出し、わき目もふらずに逃げ去っていった。 取り残された優人は、突如聞こえた声よりもむしろ、悲鳴を上げて豪雨の中に飛び出していった同級生の方に驚いて、逃げ去っていった2人の後姿を呆然と見送った。そしてそれからややあって、ようやく優人はその視界の片隅に、腰を抜かして泥だらけの廊下に尻餅をついている山崎に気がついた。 「山崎?」 助け起こそうと優人が手を差し出すと同時に、屋敷の奥からは再度赤ん坊の泣き声のような声が響き渡った。
「あぁぁん・・・・なぁ・・・・あああぁぁん」 「っっっ!」
山崎はとっさに優人の腕にしがみつき、悲鳴を上げた。 「ほほほ・・・・本物?!本物の赤ちゃんの・・・・ゆゆゆゆ、幽霊?」 歯の根が合わないほど震える山崎が言っていることが理解できず、優人は初め首を傾げたが、ややあって女や赤ん坊の声がするという噂話を思い出し、しゃにむにしがみ付いてくる山崎を迷惑そうに押し返しながら声のする方を探った。 「これが噂の幽霊だって?」 「そ・・・・そうだろう!?お前にも聞こえただろう!!!」 優人は頷くとさっと立ち上がり、声のした方向に視線を這わせた。 「台所の方だな」 「ちょっ・・・谷山?! お前、何するつもりだよ?!」 「見てくる」 「お前っっ何言ってんだよ!?」 真っ青な顔をして引き止めようと力を込める山崎に優人は鼻白み、無理やり置いていこうとした動きを止め、不思議そうな顔で山崎の顔を覗き込んだ。 「幽霊屋敷を探索しようって言い出したのはお前たちだろう?」 「何言ってんだよ!出たじゃん!!! に、に・・・・逃げよう!」 「なぜ?」 「なぜ・・・・って!」 絶句する山崎に、優人はこれ見よがしに優美に微笑んだ。
「原因を追究しなければ、探索にはならないだろう?」
結局。 一人で取り残されたくない山崎は声にならない声で不平を言い続けながらも、がっちりと優人の腕を掴み、すり足で優人の後について行った。 その間にもか細いなき声は激しい雨音の合間に響いたが、優人は我関せずと先を進み、闇に侵食され、視界の悪い台所に到着すると耳をすませて声のする場所を探した。 「どこか一箇所から聞こえるんだけど、この雨でよく聞こえないな」 雨漏りのつぶてを避けながら、淡々と周囲を探す優人に、山崎はいくらか落ち着きを取り戻し、恐る恐る声をかけた。 「よく平気だな?」 「・・・・」 「・・・・呪われたらどうするんだよ」 「・・・・・は?」 「だから、幽霊に!憑り付かれたらどうするんだよ?」 優人はしばしきょとんと山崎を見つめたが、その後、くすりと、小さく笑った。 その小バカにしたような態度に山崎は怯えていたのも忘れて大声で怒鳴った。 「イギリスではどうだかしんないけどなぁ、日本には幽霊とかって本当にいてな!!」
「知ってるよ」
しかし怒鳴り終える前に涼やかな声でそれは制された。 山崎がそれに驚き目を丸くすると、優人はささやかに微笑みながら続けた。 「日本にもイギリスにも、そうだな・・・・他に直接知っているのはアメリカにカナダかな?僕は見えないけど、いるんだってことは知ってるよ。もちろんそれに憑依された人間も知ってる」 「・・・・・っっ!」 「それが怖い、嫌だというなら、そもそもこういう場所に悪戯に近付かないことだ」 「ひ・・・人ごとみたいに言うなよ!お前だって来てるだろう!」 「普段だったら来ないよ、意味ないし。でもお前たちが晴人の名前を出すから仕方なく付いてきてやったんじゃないか。それなのに途中で放り出すんだから本末転倒だよね」 「ふ・・・普通はここまでしないんだよ! 大雨で仕方なく・・・」 あたふたと喚き散らす山崎に、優人はここぞとばかりに大きくため息をついた。 「だから普通って何?悪戯の上限って意味?その程度の気構えならそれこそ悪戯半分にこんなことするなと言ってるんだ」 優人はそう言いながら台所の床に土に埋もれた扉が半開きになっていることに気がついた。 45センチ四方程度の小さな扉は食料庫や軒下に繋がるそれによく似ていた。 そうして耳をすませば、声はこの中から響いているようだった。 優人は扉の上に置かれた正体不明の瓶やらダンボールを脇によけ、錆びた取っ手を掴み、苦心してその扉を開けた。
「なぁぁぁぁん!」
扉が開くと、その先の真っ暗な闇の中から一際大きく泣き声が響き渡った。 ぎゅあっと悲鳴をあげ、飛びのいた山崎の脇で、優人はその中を覗き込みにやりと笑った。
「ビンゴ」
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