突然暗闇にまぶしい一筋の光が差し込んだ。

目が眩んで思わず瞼を閉じると、その光の下からよく響く、耳障りのいい低い声がした。

 

 

 

「優人、そこにいるのか?」

 

 

 

     

 

       

 

 

 

鳴く声

  

    

その声に山崎が反射的に顔を上げると、声の主はライトをかざしたまま更に声をかけた。

「友達もいるな。無事か?」

その内容に山崎が慌てて優人の方を振り返ると、優人はこれまでにないくらい不機嫌そうに顔を顰めていた。

その表情に怯えた山崎を睨み付けながら、優人は 不本意だ、と、顔に大書きしたまま返事をした。

「・・・・・無事。ちゃんと2人いる 」

「ロープを下ろす。上がって来い」

ぶらりと下ろされたロープを見つめ、おどおどと立ちすくむ山崎に優人は不機嫌そのままのぶっきらぼうな声をかけた。

「山崎、先に登れ」

「え?」

右往左往する山崎に、優人はつまらなさそうに説明した。

「あれは僕の父だ」

「え? あ、よかった・・・・・けど、何で?何で谷山のお父さんがここが分かったんだ?」

山崎のもっとも過ぎる質問に優人は鼻白んだような表情を浮かべた。

「人探しが得意なんだ」

また不思議なことを言うと、とっさに山崎は顔を顰めたが、優人はそれで話は終わったとばかりに口を噤み、それ以上説明しようとはしなかった。

その頑なな態度に、山崎は納得はしなかったけれど、仕方なしに目の前にロープにしがみつき、苦心して一階に這い出した。まき上がる埃に咽こみながら顔を上げると、そこには後に駆けつけていた母親と制服姿の警官が立ち並んでおり、母親は山崎の顔を見ると声にならない悲鳴を上げながら飛びついてきた。

そうして山崎が登り切るのを見守ってから、優人は意を決して立ち上がった。

右足が地面について、そこから痺れるような激痛が全身に巡る。

優人は辛うじて声を抑え、左足を器用に使ってロープの下に回った。

熱は上がり続けていたのだろう。

歩いてみると足はこっけいなほどふらつき、視界は澱んでいた。

優人はかすむ視界に歯噛みしながらロープを掴み、幾重にも体に巻きつけると、足元に擦り寄ってきた猫を抱き上げ、頭上に待つ父親に声をかけた。 

「結んだ。持ち上げて」

「支えてやるから自力で登って来い」

「力が入らない」

「・・・・・怪我か?」

「まぁね」

淡々と答える優人に、頭上では何がしかが話し合われ、聞きなれない男性の声の掛け声と共にロープはずるずると引き上げられた。

そうしてまぶしい光の中に這い出し、その中に優人は闇から溶け出したような黒衣の人物を見つけ、思わず、優人は声にならないため息をついた。

しかしそうしたのもつかの間、黒衣の人、優人の父親は不機嫌そうに優人を諌めた。

「この僕に探させるとは、随分贅沢な遊びだな」

「悪かったね」

「しかも僕の息子にあるまじき内容だ」

その言葉に優人は忌々しく舌打ちしながら、腕の中の猫を離し、右足をつかないように体をよじった。

そのまま片足飛びで移動しようとした優人ではあったが、その不自然な動きに気がついたナルに、ふいに肩を掴まれた。

「何?」

優人は胡乱な表情でナルを睨み上げたが、ナルはお構いなしに痛めた右足を力いっぱい握った。

「っっっ!!!!!」

「足をやったな」

悲鳴にならない悲鳴を上げた優人をナルはひょいっと軽く抱き上げた。

突然宙に浮いた体に優人は慌ててあらん限りの力を込めて両手を振り回して暴れた。

「何するんだよ!!!離せ!!!」

懸命にもがく優人を胸元まで抱き上げ、ナルはふさがった両手の代わりに自身の額を優人の額に無理やり押し付け、不機嫌そうに囁いた。

「熱が出ているな」

 

 

漆黒の髪、白皙の、整いすぎるほど完成された美貌。

ともに、2対。

 

 

まるで鏡に映したようなよく似たその美貌が抱き合い、額あわせに交差している様は、不躾な懐中電灯の光の中でも息を呑むほど艶めいた。

闇からとろけたような漆黒と鮮やかな白。

そのコントラストは絵画を見ているように見事で、その場に居合わせた警官と山崎、その母親は思わず現状を忘れ動きを止めた。

それぞれに見ても、この親子は十分鑑賞に値するほど美しかった。

それがこうして並ぶとその迫力は圧巻で、胸騒ぎを覚えるほどに他人の視線を奪った。

しかし、そんな事にはまるで気がついていないかのように、ナルは腕の中で懸命にもがく優人を一段強い力で拘束し、ゆっくりと噛んで含めるように言った。

「さっさと病院へ行くぞ」

その声に警官の一人が我に返って声をかけた。

「怪我をしているんですか?」

「そのようです」

「あぁ・・・腫れてますねぇ。捻挫かな?」

「とにかく一度病院へ連れて行きます。事情は後ほど」

「ええ」

「それは分かったから、降ろせ!!!」

抵抗をやめようとしない優人をナルは不機嫌そうに見下ろし、低い声で嗜めた。

「どうせこの調子だと、満足に歩けないだろう」

「だからって赤ん坊じゃないんだから離せよ!」

そして冷ややかに言い放った。

 

 

「晴人は泣きそうで、麻衣は既に泣いている」

 

 

ぴくり、と、動きを止めた優人に、ナルは僅かに頷き冷めた口調で続けた。

「晴人と麻衣が外で待っている。せめて早く外に出てやるべきだろう」

むぅと押し黙った優人に、黒衣の美人は不機嫌そうに顎を上げた。

「谷山!」

不穏な言葉の応酬とその内容に、山崎が溜まらず声を上げた。

その心配そうな顔を見下ろし、優人は不承不承といった体でため息を付くと、観念したとばかりに瞼を落とした。

「心配しなくとも、大丈夫だ」

「でも・・・・あの・・・・熱出てるって・・・・俺、知らなくて・・・・」

ちらりと、ナルを盗み見る山崎の視線に優人はうっそりと、まるで悪戯をしかける前の子供のように微笑んでみせた。

「こいつは口が悪いが虐待はしない。ちゃんと助けてくれるよ」

そしてそう言うと、優人はゆっくりとナルの首に腕を回し、熱く湿った額を首元に押し付けた。

「そうだろう?パパ」

「・・・・」

「僕は大丈夫だから、お前もさっさと帰れ」

それだけ言うと優人は山崎から視線を外し、気だるそうにナルを見上げた。

「麻衣と晴人にもそう言ってあげてよ」

「・・・・」

「じゃ、後よろしく」

そうして意識を失った。 

 

     

     

 

 

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