すぎる背中

第6話  元気?

 

「あ〜、なるほどなぁ。大体の話は分かった。んで、これからどうするよ?」

渋谷道玄坂を登りながら、滝川が携帯電話越しに尋ねると、通話相手の安原は僅かに声のトーンを落として答えた。

『依頼主・・・・とお呼びするのも今回はおかしいのですが、憑依された方、山上さんっておっしゃるんですけど、ご実家が神社なので、とりあえずそこで落ち着いてお祓いを試したいと希望してらっしゃるんです。憑依状態もかなり辛いようですので、ここは本人の希望を優先させる方がいいだろうって、今、ご実家に連絡を取られています』

安原の説明に滝川はふんと一息ついて首を傾げた。

「森女史は何て言ってるんだ?」

『原さんが現時点で霊視しただけの情報ですと、森さんも誰だか心当たりがないみたいなんです。だからとりあえず調査って形を取って、環境が整うんであれば、山上さんに同行したいとのことです』

「その真砂子ちゃん、吹っ飛ばされたんだよな。大丈夫なのか?」

『ええ・・・飛ばされた場所が何もなくて、うまい具合に衝撃なく飛んだので、幸いにも擦り傷くらいの軽傷でみました。今、谷山さんが手当てしています』 

「そりゃ良かった。それでナルちゃんは?」

『森さんの意見と同様ですね。とてもはっきりした憑依状態でしたので、データに残したいっていうのもあるでしょうし、何せ森さんと所長は当事者ですからね。話の内容も気になるみたいです。明日にでも山上さんのご実家に向かって、調査を始められるよう、今準備中です。それでブラウンさんと原さんはこのまま同行して頂いて、滝川さんと松崎さんもできたら協力頂きたいとのことなんですよ』

「綾子も呼んだのか?」

『ええ・・・なんせ行き先神社ですからね。松崎さんの管轄でしょう?』

「ふぅん」

安原の無駄のない説明を聞きながら、滝川はようやく目当てのビルの前まで辿りつき、一つ大きく息をした。

「今回は久しぶりのフルメンバーでの調査って訳ね。しかも森女史付き」

滝川の呟きに、安原は口笛を吹くように高い声を上げた。

『あ、嬉しい!ノリオも同行できるんですねv』

はしゃぐような安原の声に、滝川はぶるりと身震いし、うんざりとため息をついた。

「・・・・・・お前、それ本当にきしょいからやめれ。ともかく、今ビル前に着いた。今上がるから一回切るぞ」

『はぁぁい、愛しいノリオのためにアイスコーヒーいれて待ってるわ!』

「おりゃぁ、娘に入れてもらった方が嬉しい」

『あ、ひどい!ノリオったら!』

「・・・・・・切るぞ」 

滝川は苦笑まじりに携帯を切り、そのままジーンズのポケットに突っ込むと、瀟洒なビルのエスカレーターに乗り込んだ。

2階奥のブルーグレーのドア。

滝川は迷うことなくそのドアに向かい、労なくそのドアを開いた。

 

 

 

「おっつ〜」

「あ、ぼーさん!」

「おうよ、麻衣。呼ばれて来てやったぜぃ。お疲れの父さんにアイスコーヒー出してくんない?」

ドアを開けた瞬間に懐いてきた愛娘に滝川が眉根を下げると、視線の先の麻衣は尻尾をふる犬のように嬉しそうな笑顔を浮かべ、滝川の腕を引っ張った。

「らじゃ!ちょっと混んでるけど、中どうぞ〜」

麻衣に促され事務室に足を踏み入れながら、滝川は麻衣の隣で腕を摩っていた真砂子に気がつき声をかけた。

「おうよ。真砂子ちゃん怪我したって?大丈夫か?」

「大したことございませんわ」

不覚を取り、怪我をしたことが不本意だったのか、対する真砂子はつんと顔を逸らした。

その相変わらずの様子に苦笑しながらソファに近付くと、事務所の主から声がかかった。

「ぼーさん」

「よぉ、ナル坊。今回はまどかちゃん経由の仕事だって?」

「そうなのよぉ、滝川さんお久しぶり」

「おう、森女史、元気そうだね」

「うふふありがとう」

応接室の中央からかかった声に促されるようにして、滝川が部屋の中心部に視線を向けるとそこには綾子を除いたいつものメンバーに、まどか、そして見慣れないとても髪の短い女性がソファに並んで座っていた。

登場と共に集まる視線とかけられる声に、その女性も促されるように滝川の方を振り返った。

そしてその顔を見た瞬間、滝川は目を見開き、振り返った那智もまた驚いて声を詰まらせた。

真正面で視線が噛みあい、滝川は驚きを隠せないまま頭を掻いた。

そして応接室の脇のデスクで資料を綴っていた安原に、滝川は顔も向けずに声をかけた。

「あれ?ちょい待てや・・・・少年」

「はい」

「今回の、依頼主のフルネームは?」

「山上那智さんです」

「山上・・・だよなぁ。山神神社の ―――――― おいおい、冗談。おめぇ、那智じゃんよ」

突然呼び捨てられた名前に那智はぴくりと肩を揺らし、その様子に安原が首を傾げた。

「おや、お知り合いだったんですか」

どこかのんきな安原の声に、滝川はふっといつもの表情に返って周囲を見渡し、自然、視線のかちあったナルに向かって説明した。

 

「こいつ、俺の高校時代の同級生なんだ」

 

驚きの声が上がる中、ナル一人だけは興味なさげに頷き、滝川に声をかけた。

「昔の知り合いだというなら、彼女が元々憑依体質ということ、ぼーさんは知っているか?」

ナルの問いに滝川は口を一文字に結び、視線で那智に問い掛けた。

対して、那智はそれまで見せたことのない気安い笑みを浮かべ、肩を竦めた。

「もう今更な状況だから、別に言っても構わないわ」

「ま、それもそうだわな」

滝川は肩を竦め、久しぶり、と挨拶しながら、違和感なく那智の横にするりと体を滑り込ませた。

「ここは一応専門家の集まりだし。心配しなくていいぞ、ここは安心できる調査事務所だから」

そして那智に説明し、互いに顔を見合わせ僅かに笑った。

「どういうこと?」    

滝川用のアイスコーヒーを運びながら麻衣が尋ねると、滝川は口元をゆがめて苦笑した。

「高校時代はさぁ、俺と那智はいわゆる 『 視え過ぎる人 』 だったんだよねぇ」

きょとんとした表情の麻衣を見上げ、滝川は真砂子とナル、そして那智の顔を交互に見比べた。

「もう一人仲間がいたんだけどさ、そりゃもうねぇ、俺も色々と大変な青春時代でしたのよ。こいつは神社の娘で俺は寺の息子だったけどさ、除霊とかもまだまともにできないわけだろ?そのくせ多感な思春期だ。霊視能力も半端じゃなかった」

今じゃまるっきり視えねぇけどねぇ・・・と、滝川は誰に説明するともなく呟き、受け取ったアイスコーヒーを飲んだ。

「多分、真砂子ちゃんくらいには俺も視えていたと思うんよ。それに加えて那智は色んなもの引っ張り込みやすくてさ、俺が見るといっつも肩に何かしょってたな。けど、乗っ取られるとかいうまで重度の憑依状態に陥ることはなかったはずだ。若干運が悪くなるような、うっすらと影響があるようなのが多かったかな。そう言うときは大声出してめちゃくちゃに暴れると自然いなくなっちまったりしてたな」

「除霊しはっていたんですか?」

ジョンが問い掛けると、滝川は得意そうに微笑んだ。

 

「ああいうのは気合で結構吹き飛ばせるんだよ」

――― こんなのは気合でなんとかなるもんでしょ。

 

昔と変わらぬ滝川の物言いに、那智は一人小さく笑った。

そしてその笑みに気がつき、顔を向けた麻衣に、那智は照れたように苦笑した。

「あとは、父に祈祷してもらって、何ともなくなるってことが多かったんです」

「ま、そういうのもあってさ、こんなの他のダチとはあんまり話せねぇから、那智ともう一人と俺との3人でよくつるんでたんだ。俺は卒業してからすぐお山に入ったからそれっきりだけどな。那智、おめぇさんまだそんなに視えたりしてたのか?」

滝川の問いに、今度は那智は首を横に振った。

「全然。ここしばらくそういうのはまるで見なくなっていたくらいよ。でも、今回旅行先で突然こんなことになっちゃったの。今も実家に連絡したら、今更またそんなことが起きるとは思ってなかったみたいで、父に驚かれたわ」

「ああ、あのおやじさんね。元気?」

「相変わらずよ」

懐かしむような表情で、くすくすと笑いあう滝川と那智に、安原が間に入った。

「何だかノリオ楽しそうですねぇ・・・・僕も仲間に入れてくださいよ」

満面の越後屋スマイル。

それに滝川は忍び笑いを浮かべたまま頷いた。

「いや、那智の親父ってのがさ」

「ご実家が神社ってことは神主さんですよね?」

「ああ、その人、神職なんだけど霊感なくてさ、そのくせ人一倍怖がりなんだよね」

「怖がり?」

「那智になんか憑いてるって言うと、ちゃんと祈祷はしてくれるんだけどさ、その後俺とかもう一人のダチに何回も念を押すんだよね。"もう幽霊とかはいないか"って。元々さぁ、神社って聖域だから鳥居の奥は物騒なものなんかいやしねぇはずなんだけどさ、母屋は鳥居の外だから、ここにいられたら困るってすっごい怯えるの。親父さん見えないけど、誰よりも幽霊とか妖怪を怖がってるんだよね」

「何か・・・・ありがたみないかも」

ぽつりと、麻衣が呟くと、耐え切れないように滝川と那智が噴出し、滝川はがしがしと麻衣の頭を撫でた。

「全くね!!!麻衣、素直な感想だ。そしてそれは当たってる!」

「うわぁぁ、ぼーさん痛い!痛い!痛い!」

じゃれあう親子が笑い声を上げると、冷気を纏った声がそれを制した。

 

「うるさい」

 

低いはずなのに驚くほどよく通る美声。

ぴたりと動きを止めた面々に、那智は驚きつつ苦笑を抑えた。

その様子を横目に、滝川は美声の主に顔を向けた。

「ナル坊、今回の調査は、建物ではなくあくまで那智個人ってことになるよな」

否定がないのを肯定と解釈し、滝川は続けた。

「そしたらよ、大掛かりなベースの設置は必要ないから、電力も一般家庭分とかでカバーできないか?」

「何故?」

ナルがようやく口を開くと、滝川はにっこりと微笑んだ。

「こいつの家、かなり広い昔からの日本家屋なんだ。那智、家変わってないだろ?今だとそこに誰住んでる?」

「私独り暮らししているから、今はお父さんだけ」

「そ?そしたら、広さは問題ないから、電力の問題さえ解決できればすぐにでも現地に向かえると思うんだよね」

「どうして?」

まどかが横から口を挟むと、滝川はいよいよ愉快そうに口角をつり上げた。

「昔、那智に憑いた低級霊祓ったことがあってさ、それ以来那智の親父さん、俺がお気に入りなんだよね。全幅の信頼っつうの?すっごい信用されてるから、多分俺が口利いたらノーとは言わねぇよ。しかも原真砂子がいるってなったら、もう完璧。自分から飛びついてくるんじゃないかな」

突然名前を呼ばれた真砂子が怪訝そうな表情をすると、滝川はさらににやりと笑みを作った。

「怖がりのくせに、大のオカルト好きなんだ」 

そうして滝川は自ら那智の実家に電話を入れ、いとも簡単に調査場所を確保した。